阿部さんは、業務用録音機器開発と事業化、ならびに民生用テープレコーダー普及における国際標準化に貢献されました。ご功績によって1979年5月、ロサンゼルスで開催された第63回AESコンベンションでAESフェローシップAwardが贈られました。私も同じくフェローシップを受賞し同席させていただき、以降親しくお付き合いをさせていただきました。
故井上敏也さん(1977年AESシルバーメダル受賞者)がAESジャーナルのレコード100年記念号(Vol.25, No.10/11, 1977)に“The Recording Industry in Japan”を寄稿されたときに、1953年にNHKとデンオンがLPレコードカッティングレースを開発し、これで日本ビクターが初の国産LPレコードを発売できたことが紹介されました。
私は日本オーディオ協会の機関誌「JASジャーナル」編集の手伝いをしていますので、日本のオーディオの足跡を記録に残すために、カッティングレースを谷勝馬さんと一緒に開発された阿部さんにお願いして、JASジャーナル2003年7月号より8回連載で「国産円盤録音機物語」(全58ページ)を執筆いただきました。
さらに姉妹編として「テープ録音機物語」を2004年7月号「その1」から2012年11月号「その66」まで毎回読切り形式で合計515頁ご執筆いただきました。阿部さん渾身の力作です。
阿部さんは、あと2回分、dbxとセミプロ用マルチトラック録音機を執筆のご意向でした。ASCAMとFOSTEXでパーソナルレコーディング機器やガレージスタジオの道を拓いた阿部さんに是非とも書き残していただきかったと悔やまれます。
阿部美春(あべ よしはる)さん(1931年~2013年)のご経歴
磁気録音との関わりはDENON(1951年)の頃からで、以来半世紀、専ら業務用とHi-Fi用機器の開発畑を歩く。DENON、YAMAHAを経て1957年、TEAC設立に参加、ステレオテープデッキ、ステレオカセットデッキ等の開発に着手、テープステレオ時代の基礎を築く。
1971年からは音楽家用MTR(マルチトラックレコーダー、TASCAMブランド)とミキサーの開発に着手、今日のパーソナルMTR(通称パソレコ)の基礎を作る。1981年FOSTEXに転じ、録音機器部門を新設、パソレコの普及に努める。さらに1981年、主にカセット用テストテープを製造、販売するABEX(現ALMEDIO)の設立に参加。TEACでは取締役オーディオ技術部長、同特機(TASCAM)常務取締役他、FOSTEXでは副社長(1991年退職)など歴任。
1958年頃から磁気録音関係の標準化活動に参加し、EIAJ、JIS、AES、IECなど、各委員会幹事、委員長など歴任、1979年AESフェロー、1987年度AES日本支部長、1989年通産大臣賞、1994年藍綬褒章、1998年EIAJ功労賞。2008年に磁気録音技術への貢献により日本オーディオ協会賞を受賞。
主な著書としては『テープレコーダ』(1969年編著、NHK出版)、『録音のテクニック』(1974年共著、同)、『カセットデッキ』(1980年著、同)他。
(F-8143 藤本正煕 記)